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  • 2014.02.15 Saturday

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248 note (12月28日)




繋がる。



2011年も、もう暮れようとしています。


本当にいろいろあった年。


私たち248にとっても、大きな変革をもたらした年。


2011年の最後にもう一つ、大きな試みをお知らせします。


新たなブランドの立ち上げ。


nishiya old cloth


古い布という名の新たな手仕事。


”248 nishiya”を立ち上げた頃に染めた布や


いろいろな世界で歴史を刻んできたアンティークの布、


珍しいデットストックの布


それらの愛おしい布で裂織りをして仕上げたバッグ。


時間を経た布が、柔らかな手触りを生み、


時間を経た草木染めが、深みのある色合いを生む。


時間というかけがえの無いものが生んだ


懐かしさや柔らかさを持ったバッグ。


この『 nishiya old cloth 』は


ある方との出会いとこれまで248が経験してきたこと


いろいろなものが繋がって生まれたものです。



時間とともにゆっくりと創りだすold cloth


新しい手仕事は、2012年へと繋がっていきます。






来年もどうぞよろしくおねがいいたします。



※「248 note」は水曜更新となります。


手創り市

http://www.tezukuriichi.com






健康より・最終回




木を彫る。土をこねる。ガラスを吹く。糸を紡ぐ。金属を叩く。


つづらを色とりどりの作物でいっぱいにして、

今日もつくり手達は山を越え、谷を越え、次の里を目指す。


初めて行く市には、期待と少しの不安で胸を膨らませ。

久しぶりの市では、再会の喜びを心で噛みしめながら。


丹誠込めてつくった作物で、自分と家族の糧を得る。

なかなかうまくいかない日もあるけれど、

今日はカアチャンにうまいもん買って行けるな、なんて日には思わず顔がほころんでしまう。


よくそんな儲からないことをしているねと誰かが尋ねれば、

彼らは不思議そうな顔をして、恥ずかしそうに、そして満足そうに笑うだろう。

土地の人と話し、土地の風呂で温まり、土地で採れた料理をいただく。これがけっこう

幸せなんだと。


夕暮れ。市の終わり。黄金色の空を背景に作り手達は、また別の里を目指す。


あるものは北に、あるものは南に。

つづらを背負った作り手達は別れの挨拶もそこそこに、力強い足どりで様々な方角へ

と去っていった。


それを見送ると、僕と近藤は顔を見合わせる。

そろそろ行こうか。次の約束はしない。そのうちまたどこかで出会うだろう。


そして、それぞれのつづらをかつぐ。


振り向くこともなく、近藤は東に、僕は西へと進路をとった。


健康よりは、今回で無事に最終回を迎えることができました。

読者の皆様には、四ヶ月もの長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございます。

読んでるよ!なんてお言葉をいただいた日にはうれしいやら恥ずかしいやら、

幸せいっぱいでした。


そして、∴つづるにて連載をする機会をくださった手創り市さんにも本当にお世話になりました。

ものづくりについてじっくりと想いを巡らすことができた貴重な経験です。ありがとう

ございます。


健康よりは、僕と近藤という二人のつくり手の物語でしたが、

この文章をきっかけとして、たくさんのつくり手さんの別の物語にも想いを馳せていただ

ければ、きっと皆様が使っているくらしの道具達がさらに愛おしくなると思います。


また来年も、皆様が健康でありますように  


須原健夫

・・・・・



野に咲く花のように、とくにこれといった華やかな所もなく、

ただ普通に健やかな景色の一部にとけこんだような人生を送ってきた自分。

誰に顧みられる事もなく風に揺られのびのびと生きてきたつもり。


そんな僕にある日スポットライトが当たる、.....健康より。

誰に見られるのか、たくさんの方々の前に自分をさらけだす。

なんでこんな事に....

緊張しながら、これくらいでいいのかな?迷いながら毎日文章を考える。

少しぐらい格好いい所見せたいななんて思っている時、

須原にカツアゲの話を暴露された。

よくある話かもしれないが、自分にすれば友人にも話さなかった、

一番恥ずかしいちょっとしたコンプレックスの話。

やりやがったななんて思っていたら、熱が入ってきて、

恥ずかしさの代わりに少しだけ文章を書く事がおもしろくなってきた。

それからは須原とのキャッチボールが楽しくなってきて

実際それは記事に反映されたのか、身近で読んでくれている方から、

おもしろかったよなんて言ってもらえるようになった。


あっと言う間の四ヶ月。

須原との二人展を目標に少しでも二人の事を知ってもらえたらと

慣れないキーボードを叩いた。

須原とは付き合いは長いが今までで一番須原の事を考えた日々だったかもしれない。


たくさんの方々にお越しいただき、おかげさまで好評のうちに無事二人展を終える事ができた。

課題もたくさん残ったが、昔描いた夢が一つだけかなった。


二人展最終日の夜、格別のビールを片手にうちあげをしている時、

突如、柳宗理氏死去のニュースが耳に入ってきた。

びっくりした。

須原と二人展をした店の店主、菊田が初めて出会ったのは柳宗理さんの講演でだった。

そこから須原は民芸に興味を持ち、僕に声をかけ健康コンビは生まれたのだ。

なんともいえない夜となってしまった。


少しだけ酔いの回った僕たちは

なんだか勝手にバトンを受け取ったような気になって僕たちに何が出来るのかと考える。

「何にも出来ないかもしれないな」なんて言いながら

ただ背中に背負った荷物が少しだけ重くなったような、そんな気がした。


....長い間、健康よりにおつきあいいただきありがとうございました。

二人の歩みは遅いですがこれからも頑張っていきますので

どうか温かい目で見守ってやって下さい。

またどこかでおあいしましょう!!


近藤康弘

・・・・・

12月25日、「健康な道具」展が終了し、そしてまもなく本連載「健康より」も
最終回を迎えた。
連載をはじめる前の益子・近藤宅での打ち合わせよりあっという間の4ヶ月。
それは私にとってとても貴重な体験となったと思う。
健康よりも、健康な道具展もひとまず幕を閉じたけれども、二人の健康なものづくりは
もうひとりの健康なものづくりを支える人間と共にようやっと始まったばかりの様に思う。
互いに切磋琢磨し、高め合って欲しいと切に願います。
最後に、これまで健康よりを読んで下さった読者の皆様
ありがとうございました!


※ご意見・ご感想はinfo@tezukuriichi.comまでどうぞ。

名倉






作文 (12月26日)



ANDADURA HP  http://www.andadura.net/ 



5回目 先週のつづき



メリークリスマス!!

と、強引に盛り上げましたが、クリスマスっけのない我が家。

コンビニのクリスマスソングに凝縮されたクリスマスを感じております。


今日は1224日。


さて、先週の続きです。今回の記事が今年最後になりますので、

今年中にセンス問題は書ききっておきたいので、早速筆を進めますね。


え〜と、いつから、どうして、作る事が「立ち上げる」ことから

「選ぶ」事にシフトしていったかって話ですね。


先週の最後に、

それは、「作り手」になるまえに「消費者」として確立された頃からだと思います。」

と書きました。


さて、それはどういう事か?


自分自身にも心当たりはありますが、例えばファッションやなんかを、

選ぶ時に、そのファッションで自分を(ある程度)表明してます。


持ち物や選んだもので、自分自身が発信している(気になる。)

なにもファッションでなくても、細かいものものにいたるまで、選んでいる訳です。

そしてそこに個人が投影されるという事になっている。


そのあり方って、前回のセンスの作り方に似てませんか?

選ぶ事で表現するって、成り立ちは、消費の成り立ちとそっくりです。


消費行動っておそらく自分自身が考えているより強力です。

自分の買った物が褒められ、そして着ているものや、聞いている音楽や、

選んだもので、コニュニティー(いくぶん大げさですが)が形成され、

そして運がよければ、女の子にもてるかもしれない。


そして、当人はその事に気付きません。(僕自身考えもしませんでした。)

だから、そのような型や、成り立ちについて意識化する事もありません。


おそらくそんな環境で過ごすうちに、そんなあり方が自分の中に強く根づきます。

オオカミに育てられた少女が最後まで人間の生活に慣れなかったように


だから、僕を含め、そんな人がものを作るとき、

その消費の型になぞってしまうのではないでしょうか。


そして、具材を購入してものを作るってかたちも、

普段の消費ととっても似ています。それはなにも実際に作るひとにいえる事じゃなく、

例えばパソコンでものを作るひとにとっても、ある種、いろんなカテゴリの冊子や

先行事例を対象に

なんてやってると、それはまさに消費の型にはまってゆきます。


話はそれますが、カテゴリを書くと思い出すのは、昔見た映画(残念ながらタイトルは

忘れましたが)に、「怪人カテゴライズ」という怪人が出てきました。

そのネーミングに「おっ」と思いよく覚えております。

そして怪人カテゴライズがヒーローにやっつけられるさまは実に爽快でした。


はい。今回話している話に悪役を設けるならば、怪人カテゴライズなのじゃないでしょうか。(なんのこっちゃ)


話を戻すと(といいつつたいしてそれてない。そらし失敗です。)、

作り方が消費の型にはまってゆきます。

そしてさらに言うと、その消費による型のスピード感や経済的合理性をベースにして、

会社はシステムを組んでいるのですね。(センスによるものづくりは効率がいいんです。)

う〜ん。実にがんじがらめ。

自分自身もさらにはそのシステムまでが、その型なんですから、出口はどこにあるので

しょうか?


インディアンのことばに「メディスン・ホール」(だっけ)というのがあります。

人間以外の動物はみなこの輪の中で生活しているのですが、人間だけが疎外されており、

この輪に入らなければならない。という考え方です。(だっけ)この逆ですね。

人間だけが入っている輪っか「コンシューマー・ホール」

(いまいま辞書で調べました。消費の輪)


会社で働いていた時に、「アーティストじゃないんだから。」とかよく言われましたが、

この言葉も、「ビジネスでやっている以上、その輪っかから出ちゃいけないよ。」

っていう警句なんだと思います。こういう言葉を言われるのは、いいものにしようと時間を

かけていたりしていた時に出て来ます。「アートィストじゃないんだから」と。


と早速答えらしきものが出てきました。「時間」です。

(という答えを導く為に書きました。正直に。)

答えというか、僕が答えと思っているものです。

答えというより、出ていく為の鍵のようなものだと感じております。「時間」


どうやったら、出口から出てゆけるのか?という希望的(!?)な話は年明けから始めたい

と思いますので、少し違う話を進めたいと思います。


と、なんだか、こんなふうに書くと、おまえは出口からでたのか?

と聞かれそうです。いえいえ出てないと思います。ただ出る為の方法を自分なりに考えている

ところです。だからこんな事考えているんだと思います。そして出ていいのかなぁ、とも

思っている及び腰です。いろいろ買うのも好きですし。


さて、違う話とは、今の作り方になって何を得て、何をなくしたんだろう?

当然湧いてくる疑問です。

ざっくり人類の歴史を振り返ってみます。

(なんと壮大な!しかしただの感覚による振り返りです。勘です。)


さて、一番最初のものづくり期は何に支配されていたのでしょう?(いまの消費みたいに)

ざっくりいうと、「霊性」の時代です。実体以外のものに意味を見いだす、作り方ですね。


そして、網野善彦さんの本(面白いですよ)を読んでると、13世紀頃に、大きな変動が

起こったと書かれています。はい。ものづくりも社会のあり方から、自由ではありません

から、この時代に霊性から次の価値観へとシフトしたのでは、ないでしょうか?

13世紀以後は今の感覚でも理解出来る、と書かれていたか、いなかったか、まあとにかく、

霊性の時代の終焉です。(ほんとざっくりですが。)


さて、次の価値観って何だろう?

そして強引に言うならば、「実性」みたいなものでは、ないかと考えます。


そして「実性」から「経済性」に移行する。

(ほんといいのかなぁ、こんなざっくり書いちゃって。)


そこで、得たものを、失ったもの。

得たものは、効率とか、経済性みたいなものですね。きっと。

そして失ったものは、「誇り」みたいなものではないでしょうか?

(でももともと経済って、限りあるものをいかにみなでうまく使うかなのに、

そのニュアンスすらも変わってるし


「誇り」この辺りから来年は話したいと思いますので、話をまたも中断させます。


さて、前の記事に書きましたが、僕は原始回帰願望が強いと書きました。

「霊性」に戻れるか?いやいや、それは、現代の生活からは、遠すぎる。

とりあえず、少し前の、消費の前のものづくりにゆきたいと、僕の願望は訴えているのです。


だから、出口への鍵なんて言いましたが、結局のところ「誇り」を取り戻したいんだと

思います。


こんな甘ちゃんな事をいうと、どこからともなく、「アーティストじゃないんだから」と

聞こえてきそうです。

もちろん、アーティストではあえりませんが、でもそんな甘ちゃんになりたいからこそ、

益子に引っ越したりしているわけで、そのような言葉は速やかにスルーさせて頂く次第です。


最後に「霊性」で思い出すエピソードをひとつ。


僕が豊島園に住んでいる時の話。かれこれ6年くらい前のこと。

豊島園の駅から家に向かう道中、見た事もないくらいの警察がいました。

なにか事件があった様子で、ぬきさしならぬ様子でした。

それを見た僕は「殺人だ。」と思いました。(単純ですね。)そして、無事帰宅するも、

ツタヤのDVDの返却期限がその日まで。

迷いました。殺人犯がうろうろしているかもしれないこの近所に今出るのはいかがなものか?

たかが延滞金で死ぬのは、あまりにも安すぎるんじゃないか、と。でも延滞金を払うのが

癪なので、練馬のツタヤにと返しに行く事にしまいした。家を出て少しして後悔しました。

殺人犯がいるかもしれない恐怖はなかなかのもので、気がついたら、小学生の頃にやっていた

ような

「今、この横断歩道をわたらないと死ぬ。」とか

「今、左の道を見ておかないと悪い事がある。」など勝手にルールを守り、遂行している

自分がいました。


家に帰り、気持ちが昂っていることに、気付き。こんな感覚久しぶりだ

と興奮しました。その時の、感覚をギュっと絞れば、霊性に繋がるのでは?

自分の行為が現実的ではない何かとリンクしている状態。一番最近の霊性体験でした。

(へんなエピソード)


さて、我にかえり、来年も好き勝手書いてゆきますので、宜しくお願いしますね。


そして、この文章が至る所ざっくりなのは、クリスマスケーキが待っているので、

少し急いだのでした。


そして、いつもの「紙数が尽きてきました。」はお寒いのでやめにしました。

締めくくりに気持ちの良い文言、募集します。


それでは、また再来週にお会いしましょう。(これくらいの締めが妥当なのかな?)



※「作文」は隔週月曜日の更新となります。


手創り市





TORONTO20111224


from TORONTO

machidasaki








※「KITATODATORONTO」は金曜更新となります。
  一日遅れてごめんなさい!

手創り市






琉球折々(12月22日)





沖縄にも、ようやく冬がやってきました。



といっても、気温は20度前後あるのですが

海風が強いからか、とても寒く感じます。

中には、ダウンジャケットを着ている人もちらほら。


そんな中、強気で薄着の上着だけで過ごしていたら

たちまち風邪をひきました。。。

ダウンジャケットは、東京を離れるときにすべて処分してしまったのです。。。

(沖縄で まさかダウンジャケットを着る人が居るなんて 想像できませんでした)



もう時期ではないのですが、

沖縄では へちまを食します。







へちまといえば、タワシくらいしか思いつきませんが、

沖縄では、普通に食べます。


うちなーぐち(沖縄の方言)では、へちまのことを「ナーベラー」といいます。



お年寄りの方の中には、ナーベラーが大好物な人もいて

クタクタに煮込んだものがイイ、炒めたものがイイ、など熱心に教えてくださいました。


うちなんちゅ(沖縄の人)でも、たまに へちま独特の臭いがあって嫌いという人が居ます。

私は結構好きなほうです。








へちま水は昔から美肌に愛用されていることで良く知られていますが

へちまの実をジューサーで絞り、せっけんに取り入れてみました。



へちまのジュースが水分の半量入っています。


そろそろ使えるころなので、へちまのジュースが一体どんな効果をもたらすか

味わってみたいと思います。



※「琉球折々」は隔週木曜更新となります。


手創り市

http://www.tezukuriichi.com